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指揮者、故 堤俊作(2013年9月に逝去)が指導にあたった全国各地の学生オーケストラ等の出身者によって1983年に結成。 名称は「俊作 友の会」に由来したもので、 「音楽にはプロもアマチュアもない」という故 堤 前音楽監督のもと研鑽を積んできた。 1985年の第1回を皮切りに春秋 2回の定期演奏会および 8回の特別演奏会、ウィーン公演を行う。 皇太子殿下が名誉団員として、第5回(1987年)、第7回(1988年)定期でヴィオラソロを演奏されたほか、 第13回(1991年)、第14回(1992年)、第21回(1996年)、第43回(2009年)にも出演されている。 第20回記念演奏会(1995年)を機に海外演奏旅行を企画し、ウィーン・ムジークフェライン (楽友協会大ホール)における公演(ブルックナー交響曲第8番)を成功させる。 ブルックナー 交響曲第9番第4楽章完成版(日本初演)、 シューマン 歌劇「ゲノヴェーヴァ」全曲(演奏会形式、日本初演)、 マーラー「千人の交響曲」、R・シュトラウス「アルプス交響曲」、 メシアン「トゥランガリラ交響曲」、シェーンベルク「グレの歌」等、 普段アマチュアオーケストラで演奏する機会の少ない大曲に挑戦する一方、 ブラームスやベートーヴェン等にも積極的に取り組んでいる。 最近はオペラやバレエにも挑戦しており、特にバレエの演奏は高い評価を得ている。

公益社団法人日本アマチュアオーケストラ連盟加盟団体。


永久名誉指揮者プロフィール

堤 俊作 Shunsaku Tsutsumi

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1970年、桐朋学園大学を首席で卒業。指揮を斎藤秀雄に師事。1972年、東京交響楽団でデビュー、1973年から1977年まで正指揮者を務める。1974年、ルパート指揮者コンクール第3位。1978年、ジュネーブ国際音楽コンクール指揮部門で優勝。1975年、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団を創立し、1992年まで17年間にわたって常任指揮者を務めた。1988年から1992年までは札幌交響楽団専属指揮者も兼務。

国際的にも幅広く活躍しており、ロンドン交響楽団、スイス・ロマンド管弦楽団に客演。1991年3月にはズービン・メータの代役としてベネズエラ国立シモンボリバル交響楽団に客演、4月には同交響楽団を率いて日本公演を行い、東京・名古屋・大阪・神戸の4都市で大成功をおさめた。我が国におけるバレエ音楽の第一人者として松山バレエ団1988年エディンバラ音楽祭、1991年ニューヨーク、ワシントンDC公演、1992年北京・上海公演を指揮した。また、ボリス・エイフマン率いるレニングラードバレエシアター(1992年・1994年・1996年)や、ルドルフ・ヌレイエフ、パトリス・バール、フリオ・ボッカ、ホセ・カレーニョ、ウラジミル・マラーホフ、ノエラ・ポントワ、エバ・エフドキモア、イヴリン・ハート、フランチェスカ・ズンボー、コンスタンツ・ベルノン、ベラ・キーロワ、ヴィヴィアナ・デュランテをはじめ多くの世界のトップダンサーたちの舞台を指揮し、彼らから絶大な信頼を得た。1993年、ロイヤルチェンバーオーケストラを設立し、これを母体に1997年、デビュー25周年の年にロイヤルメトロポリタン管弦楽団を組織する。1994年のバレンシア管弦楽団(スペイン)への客演以来休止していたヨーロッパでの活動を2005年に再開。4月に実施した、ロイヤルチェンバーオーケストラのヨーロッパ演奏旅行(アイルランド・ベルギー・ルクセンブルグ・イタリア 4ヶ国・6都市)を皮切りに、5月にルクセンブルグ室内オーケストラ、7月にイタリアのラヴェッロ音楽祭でペルコレージのオペラ「奥様女中」他を指揮。大成功を収めた。2006年には、モーツァルトの生誕250周年を記念して、ミラノのエルベ劇場で行われた、モーツァルト=ダ・ポンテ3部作シリーズの「ドン・ジョヴァンニ」を、モーツァルトの誕生日1月27日に指揮する栄誉を得た。

ロイヤルチェンバーオーケストラ、及びロイヤルメトロポリタン管弦楽団音楽監督、梓室内管弦楽団音楽監督、静岡交響楽団音楽監督、NPO法人静岡交響楽協会副理事長、桐朋学園大学講師、岐阜国際芸術祭芸術監督、牧阿佐美バレエ団音楽監督、井上バレエ団音楽監督、東京シティ・フィル桂冠指揮者、響きの森文京公会堂運営委員会会長。